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「ほんじゃぁちょっと、行って来るわ」そう言って、引き受けた少しばかり厄介な仕事の助っ人にミックを選び、二人して出掛けたのは先週のこと。残された側としては、心に走る不安を隠しつつ、かずえさんと二人、互いの部屋を行き交いながら、毎日のように愚痴をこぼしてた。いわく、私(香)でなくミックと二人で出掛けたってのは、実は美女絡みの仕事なんじゃないか、とか。今頃は私たちに内緒で、男どもでウハウハしてるんじゃ…とか、ね。でもそんな愚痴でも言わないと、不安でやってけなかったってのが、正直な気持ちなんだけどね。

そしてそろそろいい加減、精神的にも限界かという、ある日の夕方。ひょっこりと、ミック一人だけ帰宅したの。その身体はうす汚れ、ひどく疲れては見えるものの、ケガひとつない姿にほっと安堵のため息をこぼしたのもつかの間。続く後ろに誰もいないのをみとめた瞬間、私の瞳に雲がかかった。「大丈夫だよ、カオリ。リョウは最後の細かいコト、片してから来るってさ」「…そう」それなら二人のお邪魔しちゃいけないし、リョウがミックと同じようなカッコで帰るなら、お風呂と着替えも準備しなきゃだし、と、ちょっぴりさみしい心に蓋をして、急ぎ足でアパートに帰ったの。

けれどその日…夜更けになっても、リョウは帰らず。どうしたのかな、何かあったんじゃ?でもミックは、たいしたことないって言ってたし…と、思いはめぐり。心なしか深いため息をつきつつ、ベランダから外を覗けば、お向かいの窓はぴったりとカーテンが閉じられてて。久方ぶりの熱い逢瀬を楽しんでいるであろう友人たちに、ふっと微笑みを浮かべつつ。その反面、未だ帰らない男への妬みと、哀しい独り身のさみしさが身に染みる。薄雲をまとったまぁるい月に、まだ帰らない想い人の姿を重ねて、小さく吐息をもらした。

「遅いんだから…もうっ」「…ただいま」ふいに背後から低い聞き慣れた声が降ってきて、振り返る隙も与えられず、そのまま後ろから抱きしめられた。「…リョウっ!!」「そんなに待ってたんだ?」くすくすと楽しそうに笑いつつ、両腕はがっちりと私をホールドして、放さない。私が振り返ろうともがくそれさえ楽しんでるようで、くすくすと笑うたび、抱きしめられた背中に、細かな振動が伝わってきた。

「ちょっ…いい加減、放しなさいっ」「やぁ~だね。待ちくたびれたカオリンをなだめてやんないと、あとでどうなるか怖いもん」離すものかと、抱き寄せる腕がぎゅぅと力を増す。と同時に、汗の臭いとホコリ臭さと…何より身近く感じたリョウのにおいに包まれて、身体の力がほぅと抜けた。「べっ…別に、あんたを待ってたワケじゃないわよ。月の満ち欠けって遅いなぁって…」言い訳にも程があるというのはわかってるケド、これ以上、まともな言い訳が思いつかなくて。精一杯の強がりを見せる。「ふーん…?まぁ、いいけどね」後ろから抱きしめられ、その表情(かお)すら読めないけれど。絶対納得してないってのが…にやりと意地悪そうに笑ってるらしいのが、その声音で知れた。

「もう…っ、わかったんならいいでしょ?ほら、汚いから早くお風呂入って…」「んー…もう少し。今回はリョウちゃん頑張っちゃったから、エネルギー不足なのぉ~」そう言って、ぎゅぅと力が増したと思ったその瞬間、首筋に感じる熱い吐息。そしてそのまま、慣れたぬくもりが、私の感じるところを熟知した唇が、我が物顔でうごめいていくから…思わず声がもれるのを、止められなくて。「…んっ…」それを耳にしたリョウが、にやりと笑うのを背中で感じた。「そっかぁ~カオリンも"その気"になったんだ。ほんじゃぁ一緒に風呂、入ろーぜ♪」と、反論する間もなく軽々と抱き上げられた。

「ちょっ…リョウっ?!」せめてもの反抗にと、目の前の厚い胸板に拳を打ち付けるべく上を向いた瞬間、ふいに近づいてきた微笑みに唇をふさがれて。口の中に、ころんと甘さが転がった。「ホワイトデー…遅れちまったけど、な」「リョウ…」帰らぬバカ男に気をもんだホワイトデーだったけど、時計の針は日付を越えてしまったけど…。無事に帰って来てくれたなら、それだけでしあわせなの。「…お帰りなさい、リョウ」口の中、小さなキャンディの甘さを噛み締めながらそう言えば、他の誰にも見せられない…私だけに見せてくれる、大好きな笑顔を返してくれた。
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【2015/03/14 23:02】 | 未分類
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